来 歴

見えない海  


どの道を通っても
最後には海辺へ出てしまう
通じているためには
決して一本の道でなくていいのだ
うろうろと松の影など踏んで
自己流の
まわり道を選ぶことを
断じてよけいなことだと言わせない
海は何くわぬ顔をして
大いなる暗やみを沈めている
泥色の波が寄せても返しても
半透明の容積をただ揺するだけ

なるほど
確かな意思を包んでいるのは
いつもおだやかな魂だ
魂は声もとどかないほど
さびしい場所を占めている
冷たい骨のすきまに落ち込んで
だから見えない深淵からわき上がる
塩からい涙に胸が痛んで
熱い砂に口をつけながら
親愛な海を吐いたことなら
何度でもある
それは舌のもつれる
少しばかり苦い夜明けであり
思いあぐねた夕暮れである
痛い親愛も
なまぬるい親愛も
ごちゃまぜに溶けた海辺で
答えない岩を
ぴたぴたと叩いてみたこともある

砕け散る波と
ばらまかれた日の光と
抜き手を切るうぶ毛の腕と
海鳥が描きわける
青い輪と白い輪よさようなら
遠くはぼかし絵の具のだんだら模様
輝く水脈を
引き立てて行くものの消えるところ
輝く水脈を
引きずって帰るものの現れるところ
その境界の向こうがほんとうの海なのだ
大いなる海は
まぶしい沖をとうに泳ぎ去った
彼のほほえみは波よりも軽いか
彼の怒りは岩よりも重いか
はるかな水平線の天秤は
どこへ傾こうとするのかしないのか

あやふやな目まいをこらえて
最後には海辺へ出てしまう
さびしい岩かげに沈んでいる魂と
はるかに泳ぎ去った見えない海とが
砂にやけた右足と左足の間で
奇妙にこそばゆく
釣り合っているのを確かめながら

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